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2007年10月31日 (水)

シアワセ

はぁぁ~すっきりすっきり。ほんとに、すっきりですよ。もういいんです、後ろ髪ひかれません。こんなになるまで魔法が解けないなんて、まったくもって懲りない奴め。周りが見えなくなって、わかったつもりで何にもわかってないのが、恋なんです。あとからなんであんなんだったんだろーなんて思って、それってほんとに自分の気持ちなのかな。

ともかく、もうぜーんぶ、すっきりだ。

最近時間が有り余っているので、すきなことすきなだけ生活。

太田光が書いた、ある本に関する講評文を読んだ。

それには幸福とは何か、ということについて書かれている。

正直、一回読んだだけでは抽象的なシアワセがなんとなくわかった気がしてしまい、結局どうやったら幸せになれるのかという知りたいところがいまいちよくわからない。

彼の言っていることまとめてみる。  

①幸福を追求するのに必要なのは、愛情と憎しみというまったくおんなじ2つの感情。

なんで2つが一緒かと言うと、ひとを愛するとき、誰かや何かを傷つけずにはいられないから。愛するのになにか犠牲があるから、無様でかっこわるい。そのかっこわるくてでも尊い、愛するという道こそが、ひとの幸福だという。

②幸福は、みんなが思っているよりももっと単純なもの。

ひとは幸福を複雑なものと思いがち。どうして単純だって忘れて、自分は不幸だと思ったり、簡単に幸せになれないとか、なっちゃいけないんだとか、思うんだろうって。単純なことなのにって。それには①も関係あるし、ひとは忘れっぽいし、気がつかないし。

単純なことをできなくなった、忘れっぽい人間たちは、それでもその中で幸福を追求する。どうやって幸せになれるんだろう。

単純なことって何かって、求めたときにそこに握り返してくれる手があること。そして自分もそんな存在になれること。

わたしの最近一番の幸せーーーな瞬間、お花屋さんで観葉植物を買ったら、パンジーをおまけしてくれたとき。何買おうかってて、どれ選んでいいか悩んでたら、声をかけてくれた店員さん。いかにも初心者ですって感じオーラでキョロキョロしてたら、簡単に育てられるのを教えてくれた。わたしの手、握り返してくれた。閉店前の作業中だったおじさん。せっせと働きながら、ゆったりとした雰囲気でずっといてくれた。そのとき素直に、シアワセだと思った。あったかくなった。

しあわせはこんなに簡単にころがっているものなのか。忘れてたよ、わたしも。だったら自分はちょっとしたことで不幸とか絶対思わないと言える。

職業はひとにしあわせを与えられるものでありたい。需要と供給ってそうあるべきだ。そこにある幸せ配達は一対一じゃなくて、矢印がずっと続いていくイメージ。わたしはお花屋さんに感謝の気持ちを持って大切に育てていくのだけど、誰かの手を握り返す立場になること考えたら、自分の将来の姿考えたほうがよりしっくりいく。

自分の幸せよりもまずひとの幸せを考えられることが結局自分の幸せになるとも書いてあった。ひとつ言っとくけど自己犠牲とは全然ちがう。

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